2014年08月27日

これでいいのか八千代の第2斎場建設計画中止

8月22日の新聞各紙に八千代市に建設予定であった、第2斎場が、4市複合事務組合議会で中止とする提案が、同意された旨の報道がありました。

私は何人かの議員の方から、8月1日の議員説明会で、同趣旨の説明を秋葉市長から受けた事、その説明に対し数多くの議員から異論が出たことを聞いていました。

この件については、2000年8月より検討がなされ、2007年に正式に八千代市が誘致意向を提示しましたが、水面下で八千代市が手を挙げていたことを知っていましたし、多くの八千代市民が第2斎場が八千代市にできるものだと信じていたと思います。

希少種野鳥の営巣のために、桑橋の地に第2斎場の建設が不可能になったことは理解できますが、そのことで、八千代市が自ら挙げた手を降ろすのには理解できません。八千代市内に代替地は必ずあったはずです。
手を降ろした秋葉市長の判断の根拠は何だったのでしょうか。

その判断の是非については、9月定例市議会での議論で明らかになるものと思いますが、私を含め第2斎場が八千代市にできるのを期待していた市民に対し、納得できる判断根拠を示してもらいたいものです。

八千代市にできようが、他市にできようが、八千代市の負担は同じなのだから、八千代市民の利便性はもちろん、雇用の場の提供をもたらす第2斎場は八千代市に建設されるべきだと強く考えます。
posted by ハットリくん at 11:30| Comment(0) | 八千代市について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月15日

69回目の終戦日

8月6日は広島に、9日は長崎に原爆が投下され、そして8月15日は終戦の日です。

私の父方の祖母と叔父は3月10日の東京大空襲で亡くなりました。

その日、父は祖母たちと逃げるときにはぐれてしまい、奇跡的に助かったそうで、「一緒に逃げていたら祖母たちと死んでしまっただろうから、お前はいなかったかもしれない」と幼い頃からよく聞かされていました。

その父も今は認知症で戦争の体験は語れません。

戦後69年が経過し、被爆者を含め、戦争体験者が減少してきた今、戦争の悲惨さを語り継ぐ術を考えなければと思います。

八千代市でも空襲があったことをご存知の方がどの位いらっしゃるでしょうか。

米本地区にB-29から爆弾が落とされたそうです。

それも狙って落とされたのではなく、東京に落とせずに残った爆弾を基地に帰る際に落としたのだそうであり、犠牲になられた方々に対して、同じ八千代市民としてご冥福を祈らずにはいられません。

このことは、本にも残されていますが、一人でも多くの八千代市民の方に語り継いでいくことを心に誓う8月15日でした。
posted by ハットリくん at 13:10| Comment(0) | 八千代市について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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